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おせんべいの今を知る

おせんべいの今

日本の国民的お菓子「おせんべい」。今も昔と変わらず親しまれておりますが、お煎餅屋さんの数は減り続けております。細々と営んでいた町のお煎餅屋さんは後継者不在のため閉店していってしまうのです。そしてそのお煎餅屋さんに卸していた、中堅規模のお煎餅屋さんもじょじょに縮小を余儀なくされ、廃業してしまっているのです。その一方、大手のお煎餅屋さんは縮小傾向の国内マーケットから海外に売り先を広げ、現地にあった味付けの研究などをして業績を上げています。

お煎餅屋さんの姿の違い

お煎餅屋さんと言っても、実は色々な形の業態があります。

1、お煎餅の生地だけを作って売っている

2、お煎餅の生地を仕入れ、焼いて作って売っている

3、出来上がったお煎餅を自社パっケージにかえて売っている

4、パッケージ化されたものを仕入れて売っている


A、卸売りをしている

B、小売をしている

C、仲卸をしている


α、お煎餅の機械を作っている

β、お煎餅の機械の修理をしている


X、国内で販売している

Y、海外で販売している


実際にはこれらが入り混じり、規模の大小が組み合わさり、色々なお煎餅屋さんが存在しています。


最新の機械でどんどん攻勢「大企業」

お煎餅屋さんの中で最も元気なのが大企業です。 最新の機械と、海外のお米を上手に使うことで安価に煎餅を作り、スーパーなどで多くの人たちにおいしいお煎餅を安く販売しています。 海外展開も増やし、その販売エリアを拡大しています。


じり貧に苦しむ「中企業」


今最も苦しいのが中堅の企業です。 スーパーなどでは大手にかなわず、他に卸そうにも小さいお店は減る一方。海外に展開する力や体力がなく、まさにじり貧。おせんべいは超保守的なお菓子で、慣れ親しんだ味が好まれ、新商品はほとんどヒットしないと言われているため、研究開発もなかなか実を結ばず八方塞がりの状態です。自社で店舗を構えているところは良いのですが、卸専門のお店はどんどん廃業しているようです。


減り続ける後継者「小会社」


町の小さなお煎餅屋さんは後継者不在のため減り続けています。もともと農家だった方が余ったお米を煎餅にして売っていたという経緯の場合、そもそも経営規模が小さく、お煎餅屋だけでは食べていけないため、子供が引き継ぐ魅力がありません。お煎餅づくりは重労働であり、また機械設備がある程度必要なため、引き継ぐよりもお勤めをした方が収入は多くなるので、やはり引き継ぐ気になれないのでしょう。また商圏が田舎なので、過疎化が進むと売上はどんどん減少していきますし、経営者は高齢化が進んでいるのでインターネットを使った通販なども取り組むことが難しくなっており、廃業しないほうが難しいような状態になっています。


なぜ?煎餅屋があまり変わらないワケ。


お煎餅屋さんは今も昔もあまり変わっていません。もちろん都会のお煎餅屋さんは工夫をこらし変わり種のお煎餅を開発したり、パッケージを美しくして贈答用に販売したりと、頑張っていますが、その数はほんの一握りです。


その理由は

1、お煎餅からは新商品が生まれにくいこと

2、お煎餅屋は安いものという、常識が単価を上げにくく利益を生みにくいこと

3、お煎餅づくりは重労働なため、学のある方はやらないこと


にあるのではないかと考えられます。

商品は変えられない、値段は安いまま、作業は大変。
お煎餅屋を取り巻く環境は大変厳しいものです。


(草加の自動醤油付け機)


高すぎる新規参入の壁


そしてもう一つの理由が競合が参入してこないということです。 お煎餅屋を始めるには、様々な機材が必要です。初期投資にお金がかなりかかるため、一からお煎餅屋さんを始めることは非常に困難です。金銭的なもののみならず、技術もほとんど公開されておらず、煎餅づくりに関する資料や書籍は皆無です。 そのため競争原理が働きにくく、変化が起きづらい環境にあるのです。

(お煎餅の機械屋さん)

細く長く、確かなものを残す道のり


林田のおせんべいはお煎餅を営むのに非常に恵まれた環境にあります。成田山の参道という、販売に恵まれた立地であり、また醤油工場の多い銚子、野田が近く、またお米もとれるので良い原材料が新鮮で安価に手に入り、また代々大切に機械と技術が受け継がれているため、苦しい環境にも関わらず元気に営業致しております。炭焼き、手焼き、バッタ焼き、うるち米やもち米からの生地作りまで、将来にわたってこの技術と価値を伝え続けるため、これからも細く長く頑張ってまいりたいと考えております。


(紀州備長炭により炭火)

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